【大統領選挙の広告費――ホワイトハウスへの道】

民主党ヒラリー・クリントン候補と共和党ドナルド・トランプ候補の戦いは、支持率拮抗のまま終盤戦へ突入している。「米国大統領選挙はメディアの戦争だ」と言われるように、両陣営はメディア対策に人と知恵とカネをつぎ込んでいる。今回の選挙戦でもチャイナ・マネーやサウジ・マネーがヒラリー・クリントン陣営に流れているのではないか、などの疑惑が取り沙汰されてきている。
支援団体が豊富で、寄付や募金が潤沢なヒラリー・クリントン陣営は8月下旬までに7800万ドル(約78億円)をテレビ広告費に充てていて、11月の選挙当日までにはあと8000万ドル(約80億円)の広告費を使う予定だという。一方、8月19日にようやくテレビ広告を開始したドナルド・トランプ陣営はわずかに480万ドル(約4億8000万円)を充てているにすぎない。8月末の時点ではクリントン陣営のCMは8つの州で放映されているが、トランプ陣営のCMが放映されているのはフロリダ、オハイオ、ペンシルベニア、ノースカロライナの4つの州に過ぎなかった。

しかもトランプ陣営のテレビCMの打ち方はきわめて特徴的で、フロリダ州ではオーランド、ジャクソンビルなど4つの町、ノースカロライナ州の3つの町では、CMの放送回数がヒラリー候補のCM数を1.5倍ほど上まわっている。トランプ陣営は移民問題に重点を置いたCMで、選挙当日にキャスティングボードを握るswing statesと呼ばれる州に重点的にCMを投下しているわけだ。これに対してヒラリー候補のCMは経済問題と、トランプ候補が納税証明書を公開していない点を非難する一般的なものだ。
オバマ氏とロムニー氏が争った前回2012年の選挙では、二人合わせて8月下旬までに約4億2000万ドル(約420億)もの広告費が投下されていたことを考えると、不動産王として「自前の資金で選挙を戦いぬく」と豪語しているにせよ、今回のトランプ候補の広告費は、大統領選挙史上稀なほどに少額だ。たしかにトランプ候補は予備選ではほとんどテレビ広告費を使わずに勝ち抜いた。しかしテレビCMが歴史的に大きな効果を発揮してきたことは確かだ。

メディア戦争では、圧倒的な資金力にものを言わせてCMを打ち続けるヒラリー候補が有利に見えるが、今回の大統領選挙のきわめて大きな特徴は、トランプ候補という特異なキャラクターのメディアへの露出度が、きわだって高いことだ。
“Media Post”(9月7日)によれば、メディアへの露出をはかるearned mediaの価値計算では、8月ひと月を比べただけでも、トランプ候補の露出価値は5億9300万ドル(約509億3000万円)に相当するのに対して、ヒラリー候補は3億6420万(約364億2000万円)にすぎない。この12か月で見ると、トランプ候補の露出価値は46億ドル(約4600億円)に相当し、クリント候補の25億ドル(約2500億円)を大きく引き離している。
大統領選挙終盤を迎え、いよいよ一騎打ちのTV討論が始まるが、接戦になればなるほど、テレビCMを主戦場とする両候補の広告費の投下戦略が重要になってくる。
(ここではearned media を“Media Post”による次の意味で使っています。)