【トランプ政権を動かす大富豪――データ・サイエンスの政治学】

恒例の経済誌”Forbes”の2017年版資産者ランキングが発表され、米国のトランプ大統領が、2016年の336位から544位へと大きく順位を下げたことが伝えられた。
 いま、アメリカのメディアでは、そのトランプ政権誕生を支えた「影の大富豪」とその活動が話題になっている。極端なメディア嫌いとして知られる投資家ロバート・マーサー氏Robert Mercerの活動だ。
 マーサー氏は1946年生まれで、コンピュータ・サイエンスを専攻し、IBMで現在のAI(人工頭脳)につながる、「革命的」と言われた言語プロセッシングを開発した。その後、金融マーケットで独自のアルゴリズムalgorithmを駆使してトレードを展開するヘッジファンド〈ルネサンス・テクノロジーズ Renaissance Technologies〉の共同CEOとなった後、ウォールストリートで最も成功しているファンドと呼ばれる〈メダリオンMedallion〉を設立した投資家だ。その運用額は550億ドル(約6兆1600億円)を超えると推定されている。

マーサー氏は2010年から約4500万ドル(約50億円)を共和党員の政治活動に寄付し、さらに5000万ドル(約56億円)を「ブライトバートBreitbart」などのオルタナ右翼alt-rightメディアに投資してきた。名うてのポーカー好きで、鉄道模型ファンという以外には私生活が表に出ない影のフィクサーで、トランプ政権の首席戦略担当スティーヴン・バノン氏Stephen Bannonをトランプ選挙チームに紹介したのもロバート・マーサー氏だとされている。
 当初、共和党のテッド・クルーズTed Cruz候補を後押ししていたマーサー氏は、トランプ支持に鞍替えし、1350万ドル(約15億1000万円)をトランプの選挙戦に寄付した。1個人としてはトランプ陣営への最高額の寄付者だ。
 マーサー氏の活動が注目されているのは、トランプ陣営への献金の大きさだけではなく、そのメディア観とデータ・マーケテイングへの投資だ。マーサー氏は「既成のメディアは死んだ」を標語とし、メディアの「リベラル・バイアスを中立化するneutralize liberal bias」ことを目的とした

〈メディア・リサーチ・センターMedia Research Center〉や〈政府カウンタビリティー研究所 Government Accountability Institute〉をその寄付によって設立し、後者の研究員には『クリントン・キャッシュ』というクリントン夫妻の慈善活動の裏を暴く本を書かせ、選挙前に出版している。
 それだけでなく、マーサー氏は〈ケンブリッジ・アナリチカCambridge Analytica〉という小さなデータ分析会社に1000万ドル(約11億2000万円)を投資している。英国の新聞The Guardianによれば、このデータ分析会社は軍事関係者の間では ”psyops—psychological operations”と呼ばれる分析で知られており、これは心理分析データをもとにして人間の感情を操る大衆プロパガンダの方法だと言う(2月26日付)。バノン氏は去年の夏、トランプ陣営に加わるまではこの会社の副社長を務めていた。

バノン氏とともに、この分析会社は、トランプ陣営の選挙キャンペーンに関わり、検索サイトやSNS系のソーシャル・メディアから入手した膨大な個人データを人工頭脳によって分析し、個人の嗜好や行動と、反射パターンをマーケティングした上で、選挙活動やメディア対策を組み立ててきた、と英紙は書いている。
 またThe New York Times(電子版3月6日付)によれば、〈ケンブリッジ・アナリチカ〉社の顧客向け最新パンフレットには、米国での自社の最大の成果はトランプ政権の誕生だ、と書かれているという。
〈ケンブリッジ・アナリチカ〉社は、トランプ政権誕生後、米国防省や国務省にも活動の領域を広げていて、ロバート・マーサー氏のデータ・サイエンスは、資金の運用を超えて、明確な政治目的をもっているのではないか、と見られている。
 

参考 
“Robert Mercer: the big data billionaire waging war on the mainstream melia”, The Guardian, 26 Feb. 2017.
“Data firm says ‘Secret sauce’ aided Trump; Many scoff”, The New York Times, 6 Mrch 2017.