ディズニー、FOXの事業買収の狙い

 ディズニー(Walt Disney Co.)が、21世紀フォックス(21st Century Fox)のコンテンツ制作部門の大半の事業を、524億ドル(約5兆8100億円)で買収することが12月14日に発表され、日本でも多くのメディアが伝えた。フォックスの有利子負債137億ドル(約1兆3700億円)を加えると総額では661億ドル(約7兆3370億円)に上り、去年発表された、日本円にして9兆円を超える

AT&Tによるタイム・ワーナー買収に匹敵するものだ。

 ディズニーが買収するアセットと、Foxが手元に残すものを整理して、両社の狙いをさぐってみよう。

 

ディズニーの獲得する事業

 まず、ディズニーがあらたに手にするものを挙げておこう。

1) 映画とテレビの制作部門   

   20世紀Fox、Fox2000、Fox Searchlight、Bllue Sky

2) ケーブル・チャンネル

   National Geographic Channel、FX、FXX

3) 全米22地域のスポーツ・ネットワーク

   ※この分野だけで買収額は230億ドルにのぼり、今回の買収の三分の一を超える。

4) 外国のテレビ事業(170か国、350チャンネル。その中には英国のSkyの39% の株式、

   インドでもっとも視聴率の高いStar India TV、Fox Networks Group Internationalなどが含まれる)

5) Hulu株のうち、Foxが所有する30%の株式

   (これにより、ディズニーはHuluの60%の株を保有することになり、支配権を持つ)。

6) Foxが制作・配信した『アバター』、『猿の惑星』、『X-Men』などの配給権やフィルム、

   過去のテレビ番組のライブラリー権。

 

Foxに残る事業

 一方、Foxに残る事業は以下のものだ。

1) FOX Broadcast Network

2) Fox News Channel

3) Fox Busness Network

4) Fox Sports (Sports Cable NetworkのFS1、FS2など)

5) ロサンゼルス近郊のFoxの約6万坪の不動産(約80棟の建物、管理棟、音響設備などを含む)

 

ディズニーの狙い

 こうした事業の分配をみると、ディズニーとFoxの事業戦略が浮かび上がってくる。

 ディズニーは2016年の時点で、全米での映画興行売上の26.4%を占め、トップの座を不動のものにしていたが、全米3位で12.9%のFoxを取り込むことで、40%近い市場占有率を誇ることになる。また全世界の映画事業では、ディズニーは76億ドル(約8430億円)の売り上げを記録していたが、45億ドル(約4950億円)のFoxを含めれば、世界市場で、映画だけで1兆円を超える、まさに「巨人」が誕生することになる。

 しかし、ディズニーが今後の有力コンテンツとして狙うのは、スポーツ分野で、やや陰りのみられるスポーツ専門チャンネルESPNを外側から固め、スポーツイベントでの圧倒的な支配力を手に入れようとしてる。

 そして、そうしたスポーツ・コンテンツを含めて、ディズニーが盤石の構えで立ち向かう本丸が、ネット動画配信事業だ。

 ディズニーのボブ・アイガー会長兼CEOは、ESPNの動画配信サービスを2018年早々に立ち上げることを、そして2019年にはディズニー専用の動画配信サービスを開始する、と8月に発表している。

 今回の買収でディズニーはHuluの支配権も握るが、動画配信で圧倒的な存在感を示すネットフリックスへ、世界規模で全面的に挑戦するための用意周到な買収劇だ。あるアナリストは、この買収を「ディズニーが放ったネットフリックスへの必殺パンチ」と表現し、「ネットフリックス型のDirect-to-Consumerサービスは、とてつもない挑戦を受けることになった」と語っている。

 そして、もうひとつ重要なことは、今回の大型買収によって、2019年に辞任が想定されていたアイガー会長兼CEOが、2021年までその座にとどまることが確実となったことだ。

 

Foxの狙い

 さて、多くの事業を売却するFoxの狙いは何なのだろうか。

ルパート・マードックRupert Murdock会長は投資家に対して次のように語っている。

 「今日の発表によって、われわれは新しい旅への偉大な次の一歩を踏み出した。メディアの世界は急速な変化の中にある。新しいテクノロジー、競争、利用者の嗜好などが、メディア全体の地図を塗り替えた。わたしは、投資家の多くが、なぜマードックはこんなとんでもない決定を下したのか不思議に思っていることを知っている。われわれは撤退するのか。断じて違う。われわれは決定的転換点で方向を変えようとしているのだ」。

 Foxが手元に残す事業は、全米のテレビ放送ネットワークとニュース、経済ニュース、NFLを含むスポーツテレビ中継だ。

 Fox News Channelは、2017年も圧倒的な強さを示し、プライムタイムの視聴数でトップを走った。しかも、トランプ大統領就任以降は、政府の後押しも受け、トランプ政権の政策をつぎつぎに伝える広報機関となっていて、トランプ大統領からの信頼は絶大なものがあると同時に、白人中心の保守的な視聴者層からの支持も圧倒的で、政治・経済への影響力の大きさは計り知れない。

 また、スポーツ専門チャンネルのFS1,FS2もドル箱のカレッジ・フットボールを手元に残すなど、Foxは、今後さらにニュースやスポーツなど、ライブを重視したチャンネルになっていくようだ。

 そしてルパート・マードック会長はFoxの事業を将来的には世界的にメディアを展開するニュース・コーポレーションNews Corp.と一本化して、世界的な保守メディア王国を作る意図も隠していない。

 さらに今回の買収で取りざたされているのが、Foxを支えるマードック一家の跡目争いだ。ルパート・マードック会長は2015年、二人の息子のうち、長男のラフランLachlan(46歳)をエグゼクティブ・チェアマンとし、二男のジェイムズJames(44歳)をCEOとした。ラフランはロサンゼルスのFox本社で父マードックと仕事をしているのに対して、ジェイムズはニューヨークを拠点として活動している。兄ラフランは父親譲りのトランプ支持の保守派だが、弟ジェイムズは環境保護派で、トランプ政権のパリ協定離脱には不満をもらし、政治的には、より穏健な立場をとっているという。

 この二人のうち、どちらがマードックのニュース帝国を継ぐのかは、Foxにとって緊要の問題となっている。今回の買収劇では、兄ラフランは、ディズニーの買収に最後まで異を唱えたといわれているが、今回の事業売却によって、Foxはディズニー株の25%を取得することになっていて、マードック一家は、ディズニーの主要株主に名を連ねることになる。

 そうしたことから、買収が成立した場合、Fox、Wall Street Journalなどのニュース帝国は長男ラフランが継承し、二男ジェイムズはディズニーに移って、任期の伸びたアイガー会長のもとで事業経営の経験を積み、アイガー会長の後継として、将来的にはディズニーの総帥の座を狙うのではないか、との観測も出ている(The New Yorker, 15 Dec.など)。

 ただし、Foxの事業売却については、Foxの停滞を指摘する声もある。相次ぐセクハラ訴訟でFoxの企業文化の根本が問われたし、マードック家の支配によって、社内には多様な価値観を認めない体質がしみつき、視聴者もほかのネットワークに比べて高齢層が多く、若者に人気が薄い。そして英国のSKYの全面的な買収に失敗したことなどによって、将来性に危機感を持ったFoxが、アセットを売却せざるをえなくなった、という見方だ。

 さらに、スポーツ権をめぐっては、この巨大な事業買収は米国の独占禁止法に抵触する恐れもあると言われている。

 「天敵」CNNの親会社タイム・ワーナーの買収にイエローカードを出したトランプ政権が、トランプ政権を熱く後押しするFoxがらみの買収にどのような判断を下すのか、注目を集めている。