「パンデミックの中、ボイスオブアメリカ(VOA)はあなたのおカネを外国の宣伝活動に使っている」――そう題するプレスリリースが突然、4月11日のハワイトハウスのウェブサイトに載った。VOAは、真珠湾攻撃を受けて米国が第二次大戦に参戦した直後の1942年2月に米議会が出資して創設されて以来、米国内外のニュースを海外に伝えてきた歴史あるメディアだ。いまでは職員は1500人を超え、47の言語でニュースを伝え、世界中で2億3600万人の視聴者、聴衆がいる。240億円を超える予算は米国民の税金だが、客観的な報道姿勢を保っていると評価されている。
まだソビエト時代だったモスクワでは、多くの若者がダイヤルの固定されたラジオ受信機を改造して、必死にVOAを聞こうとしていた。VOAの英語放送を聞くために英語の勉強をつづけている学生もいた。VOAは閉鎖社会に住む人びとにとってかすかな希望の光だった。
このVOAに対し、ホワイトハウスは「VOAは北京政府のプロパガンダを増幅している。VOAは中国の武漢封鎖政策を成功モデルだと呼び、共産党の封鎖終了式典の動画を流した。……しかもVOAは共産党政府の統計を使って中国と米国の死者数を比較した。中国の数が正確である何の保証もない」と激しく非難した。それに続いてトランプ大統領の側近でソーシャルメディア対策の責任者ダン・スカヴィノは「米国の納税者は、中国のプロパガンダのために、米国政府経由でVOAに基金を与えているのだ。ふざけるな!」とツイートし、トランプ大統領も「VOAは〈米国の声〉ではなく〈米国に反対する声〉だ。ひどい」と記者会見で名指しで非難した。
トランプ大統領は政権発足の直後から、VOAを客観的な報道機関から政権の宣伝メディアに変えようと目論んでいた。VOAは、中国政府に忖度して中国共産党に強く当たるニュースを報じない傾向があり、北京支局のスタッフは中国政府から特典を得ている、と保守派の間で非難されていた。
トランプ大統領は2018年6月にVOAやRadio Free Europe、Radio Free Asiaなどを管轄する対外メディア戦略部門U.S. Agency for Global Mediaのトップにドキュメンタリー映画作家マイケル・パックを推薦した。マイケル・パックは保守系のシンクタンクClaremont InstituteのCEOを勤めていた人物だ。しかし、この人事案は、民主党や議会の反対に会う中、パック自身の使途不明金問題なども浮上して、いまだに実現していない。
多くの人びとが危惧するのは、パックがトランプ政権の元首席戦略官スティーヴ・バノンと近いことだ。ハリウッドでバノンと一緒に仕事をしたパックは、バノンを高く評価し、U.S. Agency for Global Mediaのトップに就任した暁には、バノンをVOAの責任者に据えようとしていると見られている。ホワイトハウスに入る前からスティーヴ・バノンが国家主導のプロパンガンダを重視していることは周知のことだ。
自前の宣伝メディアを作り上げたいという野望を隠さず、新型コロナウイルスをめぐって中国敵視政策を再選の大きな柱に掲げるトランプ大統領にとって、VOAという客観報道を続けてきた伝統ある政府系メディアをどう手中に収め、宣伝機関としての国営メディアに変えていけるかが、二期目に向けた重要な戦略になっている。